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登頂の成否の分かれ目、それは歩くスピード

朝の通勤ラッシュの駅。
階段を登る人々の姿を思い浮かべてみてほしい。
彼らが登るスピードは次の3つのうちどれが最も近いと思うだろうか。

1、約1.1km/h
2、約2.4km/h
3、約4.8km/h
(km/h=kilometer per hour=時速)

答えは2番の約2.4km/h。
3の約4.8km/hは街中の平たん地を歩くスピードだ。

この4~5km/hという速さは、かなり一般的に知られたことだと思う。

一方で駅などにある階段を登るスピードは、
平均的に平たん地の歩行スピードの半分になるという計測データがある。
一段の幅が狭い分、歩幅も狭くなるためだろう。

これは、たかだか数十メートルの駅くらいの階段だから可能なハイペースだといえる。

なぜなら、この2.4km/hという普通の歩きのたった半分のスピードが、
登山のペースに置き換えると、驚くべき速さになるからだ。

富士山山頂直下
3700mの空気の中登るのはただでさえ苦しい

富士山の吉田ルート5合目は標高2390m。

山頂までの距離は約6.3km。

これを2.4km/hのスピードを維持して全く休まず登ると2時間38分で登頂するペースとなる。

標高差は1436mだから、一時間あたり約547m登っている計算になる。

体力的に優れ、なおかつ登山に慣れた人の場合、一時間で登る標高差は300mを目安にする。

それより2倍近いスピードなのだ。

吉田ルートを5合目から山頂まで3時間で登るトレーニングを、
女性オリンピック選手がやっていたという話を聞いたことがある。

また、高所登山を行う登山家が、
高所順応と自分の体力をチェックするために、3時間以内に登れるか試すこともあるらしい。

あの、駅の階段を登るペースを富士山で維持したとしたら、
一流を越えるスピードで登れることになる。

標準的な登高時間は6~7時間。

階段を登るスピードのさらに半分で、冒頭の問いの選択肢1の約1.1km/hだ。

 

速いのがいいのか、ゆっくりがいいか

登頂を目標に富士山に登るとき、2.4km/hというスピードは必要ない。

それどころか、登頂に失敗する最大の原因と言っても過言ではない。

それは高山病(高度障害)という最も大きな理由もあるが、
これについては別のトピックで考える。

登頂の成否を分ける要素として、他にも
体調、天気、同行者、時間、装備、歩き方など
いくつも挙げられるが、ここでは登るスピードに焦点を当てる。

富士登山の場合、高登ペースが登頂の成否に非常に大きく影響すると考えるからだ。

須走ルートでガイド登山をしていてありがちな場面を紹介しよう。

車で5合目まで上がり昼食をとったあと、宿泊予定の7合目の山小屋を目指して出発。

須走ルートは吉田ルートに比べ登山者が少なく、ペースが作りやすい。

ちょうど山頂でご来光を迎えた人たちが、この時間に次々降りてくる。
「登れた?」
そう聞くと、
「登れた」
という人もいれば、登頂できずに途中で引き返してきた人もいる。
それら下山者の多くが足を引きずっていたり、疲れ果てた様子。

そうして言葉を交わしているあいだに、駅の階段を登るような結構なペースで抜いていく人がいる。
家族で登山だろうか、男の子が先頭でお母さんが最後尾。

6合目の小屋に向かって樹林帯を歩いていくと、さっきの家族が休憩中だ。
まだ歩き出して15分も経っていない。
我々登山隊が近づくと、慌てて出発する。

そういうことを何度か繰り返すうちに6合目に到着。
どこまで行くのか聞いてみると我々と同じ7合目の小屋だ。

6合目の休憩から我々が出発しても、家族の先頭を歩いていた男の子は座り込んだまま出発する様子はない。

再びゆっくりペースで歩いていくと、だいぶ前に追い越していった大学生のグループが休憩中だ。
我々が近づくと、急いで出発する。

それもやがてゆっくりペースの我々登山隊が追いついてしまう。

速いペースは息苦しく、続けるのが難しい。
だからすぐに休みたくなる。

あなたがジョギングをする時、ハアハアと息苦しいペースだと5分間すら走り続けるのはとても苦しいと感じるだろう。

それが標高が高い富士登山となると、ハアハアした時点で登山をあきらめたくなってしまうのも当然。
誰だって苦しみから逃れたいものだ。

行き会った下山者の中に、楽に登れたという人はどれだけいるだろうか。

 

「ラクなペース」ってどれくらい?

車のエンジン音はエンジンの回転数が増えるほど大きくなる。

それと同じで、息遣いは心拍と連動している。
呼吸が苦しい時は、心拍数が大きく上昇している。
苦しくならないペースを保てるように、
登山道の傾斜によってスピードを調整しなければならない。

苦しいとかラクだというのは、個人の感覚であって、
普段から運動しているアスリート志向が強い人などは、息遣いが荒くなっていても
「苦しくない」
と感じている場合もある。

苦しいかどうかを自分で客観的に判断するなら、
心拍数を実測してみることだ。

つまり脈拍を取ればいい

車のエンジンの回転数を計器で見るように、いつもあなたがどういう状態かをたえず把握するため、
ガイドツアーでは全員に心拍計をつけてもらっている。

一般成人が運動していないとき、
つまり安静時の心拍数は一分間に75回程度が平均値だ。

ツアー中の参加者の状態を見ると、
心拍数が130以上になると「苦しい」と感じる人が多くなる。

「苦しい」と感じないペースで登れば、休憩は多くは取らずに登り続けられる。

休憩を少な目にするもうひとつの理由は、
歩き出しで足が辛くなるためだ。

筋肉は動き続けているよりも、静止状態(休んでいるとき)から動き出す時に、より大きな労力を必要とする。

単純に階段の登り途中で両足を揃えて止まり、
一呼吸置いたあと、また登ってみるとそれが良く分かる。

しかも動き出す動作でバランスを保とうとする力も使っているはずだ。

エピソードに出てきた家族連れや大学生は、明らかにオーバーペースだ。
心臓や筋肉にかける負荷が大きすぎるために、苦しくて休みたくなってしまう。

また、苦しいということは、
カラダの中の酸素が足りていない状態であり、
高山病にもかかりやすくなる。

苦しみに耐えて登頂できたとしても、カラダの負担が大きいため、
下山時には疲労がたまり普通に歩くことができなくなってしまう。

その上翌日以降も筋肉痛や関節痛が残る。

ラクに登るためには心拍数が130を越えないペースで休憩を少な目に歩くことだ

そのペースが功を奏しているのは、
2014年の夏、12回行った富士登山ツアーでの参加者の登頂率100%(※1)で実証されている。
(※1)100%という数字は嘘臭い。97.4%などといった数字の方が信じられやすいという研究報告があるが、2014年には参加者全員が登頂したというのは事実。ちなみに、2015年は残念ながら100%には至らなかった。数字のために無理やり登頂させるなんてことはしていない。

ここでの参加者は体力も標準的で、
老若男女入り混じったあなたと同じ至極一般的な人たちだった。

1.1km/hというのは、どのくらいのペースかイメージしてみよう。

あなたの自宅から最寄りの駅までは、普通に歩いて10分かかるとしよう。
これを40分かけて歩くとしたら、
意識してゆっくり歩いてもまだ速いくらいだ。

歩幅を小さく、もどかしいほどゆっくり歩かないと40分かけられない。

実際の山道は上り坂だったり階段状だが、
そんなペースなら歩き続けられるように感じないだろうか。

この「ゆっくり歩き」こそ富士登山の基本であり登頂への近道なのだ。

しかも富士山に登頂した翌日も、
あなたはいつものように仕事をしているとしたら、どうだろう?